2010年2月19日金曜日

どうもありがとう。

昨日、一年間担当した中1と中2のクラスの授業が終わった。

この一年間、授業で彼らに会うのがとても楽しみだった。
そして、彼らからとても多くのことを学ばせてもらった。
色んなことを考えさせられた。

本当はそんな感謝の気持ちを、かっこよく素直に教壇からうまく生徒たちに伝えられればいいのだけど、いつも軽口を叩き合う関係のなか、急に神妙にまじめなことを言うのも照れくさく、うまくそういった思いを伝えられなかった気がすることが、心残りだ。

ただ、僕が一番好きな詩の一つ、カヴァフィの書いたイサカという詩に、僕が伝えたかったことが凝縮されている気がして、それを授業の題材として配布した。
もっとも、この時も、「この前勉強した、接続詞whenの使われ方を見てみましょう。」とか言って配っただけだったので、もう少し、この詩のバックグラウンドとか、なぜこの詩を最後にみんなに贈るのか、という話を1、2分でもいいからちゃんとすればよかったかな、と思われる。

なので、ここにその話を載せて、みんなへの感謝を小さく伝えたいと思います。

イサカというのはギリシャにある島の名前です。
オデッセイアというギリシャ神話に、その物語の主人公、オデッセウスの故郷としてイサカ島が登場します。
物語は、オデッセウスがイサカを目指して旅を続ける中、多くの困難や誘惑に出会うけれども、最後はやっとイサカに辿り着くことが出来た、という話です。

それで、カヴァフィは、このイサカという名前を、それぞれの個人が持つ人生の目標、目的地のメタファー、隠喩として用いています。
カヴァフィは、19世紀の終わりにギリシャで生まれ、イギリスとフランスで育ち、エジプトで仕事をしていました。そして、同性愛者でした。
こんなふうに、生まれ育った国を一つに確定できず、同性愛という他の多くの人とは違う性的アイデンティティを持つカヴァフィは、国籍ってなんだ?普通ってなんだ?人間ってなんだ?ということを人よりたくさん考えていたと思います。
そして、今でも同性愛の人に対する差別は根強いのに、19世紀の終わりから20世紀の初めという時代にあっては、同性愛者に対する差別、迫害は今よりももっと激しいものだったのだろうと思います。

こうした多くの困難に満ちた人生をカヴァフィは生きました。
しかし、だからこそカヴァフィは100年の時を経て、世界中で読まれ、世界中の人に勇気を与え続ける、この「イサカ」のような詩を残せたのだと思います。

昨日みんなに贈ったイサカという詩はそんな詩でした。

一年間どうもありがとう。この詩を、感謝の言葉に代えて、みなさんに贈ります。

~ イサカ ~

君がイサカへ向けて旅立つ時
その旅路が長いものでありますように
それが冒険に満ち、新しい出会いに富んだものとなりますように
ライストリュゴネスも、キュクロプスも、
猛り立つポセイドンも、恐れることはない
旅路の途中、君がそれらに出会うことは決してないのだから
君が思いを高く保ち続ける限り
その心が君の身体と精神を離れることがない限り
ライストリュゴネスも、キュクロプスも、
猛り立つポセイドンも、君は出会うことはない
君自身が、それらを君の心に招き入れない限り
君の心がそれらを君自身の前に出現させない限り

君の行く道が長いものでありますように
たくさんの夏の朝が
君が、喜び、驚きと共に、初めての港を目にする
たくさんの夏の朝がありますように
フェニキアの市場を訪ね
そして最良の品々との出会いがありますように
真珠の貝殻、珊瑚、琥珀、象牙、立ち上る香のかおり
そして、エジプトの都市を訪ね
賢者たちとの出会いが、学びが、ありますように

けれどもイサカを視界から失ってはならない
なぜならそこにたどり着くことが君の使命なのだから
しかし歩みを急いではならない
旅路は幾年も続くほうがよいのだから
そして、錨を下ろす頃には、しっかりと年をとり、旅路で得た経験から豊かになった君はもう、
イサカが君を豊かにしてくれるはずだと期待することはないだろう

イサカは君にすばらしい旅を与えた
イサカがなければ、君がこの旅路へと出ることもなかっただろう
イサカが君に与えるものはもう何もない
しかしもし君が、イサカには何もないと思ったとしても、
イサカは君を裏切らなかったことに気付くだろう。
経験を積み、賢くなった君は、
イサカの本当の意味をその頃にはもう知っているはずだから

コンスンタンティン・カヴァフィ


~ ITHACA ~

When you set out for Ithaca,
hope your road is a long one,
full of adventure, full of discovery.
Laistrygonians, Cyclops
angry Poseidon - don't be afraid of them:
you'll never find things like those on your way
as long as you keep your thoughts raised high,
as long as a rare excitement
stirs your spirit, and your body.
Laistrygonians, Cyclops,
wild Poseidon - you won't encounter them
unless you bring them along inside your soul,
unless your soul sets them up in front of you.

Hope your road is a long one.
May there be many summer mornings when,
with what pleasure, what joy,
you enter harbors you're seeing for the first time;
may you stop at Phoenician trading stations
to buy fine things,
mother of pearl and coral, amber and ebony,
sensual perfumes of every kind -
as many sensual perfumes as you can;
and may you visit many Egyptian cities
to learn and go on learning from their scholars.

Keep Ithaca always in your mind.
Arriving there is what you're destined for.
But don't hurry the journey at all.
Better if it lasts for years,
so you're old by the time you reach the island,
wealthy with all you've gained on the way,
not expecting Ithaca to make you rich.

Ithaca gave you the marvelous journey.
Without her you wouldn't have set out.
She has nothing left to give you now.
And if you find her poor, Ithaca won't have fooled you.
Wise as you will have become, so full of experience,
you'll have understood by then what these Ithacas mean.

Constantine P. Cavafy (1863-1933)