2007年7月13日金曜日

どんな時も手放さず手もとに置いておきたいと思う本 おわり

「Zen and the Art of Motorcycle Maintenance」は、「Motorcycle Maintenance」とあるけれども、バイク修理技術の話でもないし、禅の話でもない、と書いた。

じゃあ、何の話かというと、「An Inquiry into Values(価値への探求)」という副題がついていて、つまり、「価値」についての話だ。
Motorcycle Maintenanceというのは、科学技術に立脚した現代の物質文明に対するメタファーで、Zenはその対極にあるとみなされている精神性へのメタファー。ここに、仮に二つのタイプの価値が定義されている訳だ。物質的価値と精神的価値。
今の社会では、往々にしてこの二つは別々のもの、時には対立するものとして考えられ、その二つの距離はどんどん遠くなっているように見える。この本は、この乖離と疎外感は何なのか、「価値」とは何なのか、ということを書いている。

じゃあ、価値って何なのか。

“Quality is not a thing. It is an event. It is the event at which the subject becomes aware of the object. The Quality event is the cause of the subjects and objects, which are then mistakenly presumed to be the cause of the Quality!”
「『価値』とは物質ではなく、出来事である。それは、主体が対象への認識を深める出来事である。主体と対象から『価値』が生み出されると考えられているが、それは大きな間違いで、『価値のある出来事』が、主体とその対象をこの世に存在させているのだ」
とこの本は言う。
つまり、対象が主体に、その存在を認識させ、両者の境界がなくなり一体となる時、それが「価値のある出来事」となる。そしてその「価値のある出来事」が両者をこの世に存在させている、ということだ。
“The very existence of subject and object themselves is deduced from the Quality event.”
「主体と客体のその存在自体が、『価値のある出来事』から引き出されたものなのだ。」

最後に、なぜ僕にとってこの本が、「どんな時も手放さず手もとに置いておきたいと思う本」なのか。
それは、最初にこの本は「バイク修理技術の話でもないし、禅の話でもない」と書いたけど、実は、バイク修理技術の話であり、禅の話だ。ただ、なにが違うのかというと、「バイク修理技術」というメタファーを借りて、「物事をする、取り組む」ということを話し、「禅」というメタファーを用いて、物事に取り組むときの「姿勢」を話しているのだ。「コツ」、と言ってもいいかもしれない。そもそも、生きるということは「何かをする、取り組む」ということの積み重ねで、何もしない、何にも取り組まずに生きていけるというような人は世の中にはいないだろう。人間が生きていく上で最も耐えられないことの一つは、「退屈」じゃないだろうか。とにかく、何かをしていないといられないのが人間だ。
だからこの本が話している、「物事に取り組む」時のその「姿勢・心」というのは、生きる「コツ」、「秘訣」と言ってもいいかもしれない。

“Stuckness shouldn’t be avoided. It’s the psychic predecessor of all real understanding. An egoless acceptance of stuckness is a key to an understanding of all Quality, in mechanical work as in other endeavors. It’s this understanding of Quality as revealed by stuckness which so often makes self-taught mechanics so superior to institute-trained men who have learned how to handle everything except a new situation.”
「はまって身動きが取れない状態を避けてはいけない。まさにそれが、全ての本物の理解へつながる道なのだ。自我を捨て、身動きの取れない状況を受容することが、バイク修理技術だけでなく、他の仕事においても、全ての『価値』の理解への鍵なのだ。「知らないこと」以外なら何でもできる、学校で訓練を受けたメカニックよりも、独学のメカニックの方が優れているのは、この「身動きの取れない状況」を経験して獲得した本物の『価値の理解』があるからに他ならない。」

おわり