2007年6月30日土曜日

小さな幸せ

近所の区民館で室内楽の演奏会があるというので、雨上がりの夕方、会場へ向かった。
水をたっぷり含んでもやのかかった大気は日没の淡い光を受けて、辺り一面がピンク色に染まっていた。
区民館に着くと、近所の方がすでにたくさん来ていた。集会室に並べられたパイプ椅子に座って待っていると、しばらくして司会の方が出てこられ、今日の演奏会の説明をしてくれた。なんでも今日は、弦楽三重奏、四重奏、そして六重奏が聴けるということだった。バイオリン、ビオラ、チェロの奏者が二人ずつ。はじめに、一つの曲をそれぞれの楽器で弾いて「各楽器はこんな音色の違いがあるんですよ」ということを教えてくれた。そしてその後は、いよいよ演奏のスタート。ベートーベン、チャイコフスキー、バッハなどを2時間に渡って素晴らしい演奏で聴かせてくれた。

聴きに来ている人はみんな近所の人たちで、おじいちゃんおばあちゃんから2歳くらいの小さな子供まで勢ぞろいだった。休憩時間になるとそこら中を走り回っていた小さな男の子も演奏中は静かに聴いていた。背中も曲がり顔には深いしわの刻まれた白髪のおばあちゃんも目を閉じてうっとりと聞き入っていた。僕の家の周りには畑がとても多く、農作業に精を出すおじいちゃんおばあちゃんをよく見かける。みんな曲がった腰をさらに曲げて、しわの刻まれた手で土をいじって、丹精こめて野菜を作っている。本当に頭が下がる。そんな風に今日も昼間、畑で一生懸命仕事をしたおじいちゃんおばあちゃんが、こうして日が沈んだあと、区民館で弦楽四重奏に聞き入っていると思うと、僕までとても幸せな気持ちになった。畑で精出してないくせに...

そんなことを考えていると、ユーゴスラビアのベオグラードで聴きに行った演奏会と、西表島の舟浮で見た映画会を思い出した。
僕がベオグラードにいたのは1999年の夏で、コソボに侵攻したセルビア軍に対してNATOが空爆を行っていた。街のあちこちでNATOのピンポイント爆撃を受けたビルが大破していた。そんな中でも、ベオグラードの街を歩いていると市の主宰する定期演奏会のポスターが貼ってあった。当日、会場になっていたナントカという宮殿に行ってみるともうすでに長蛇の列が出来ていて、ドレスを着て最高のおしゃれをしたご婦人方は8月の太陽の下みんな汗だくになっていた。演奏会は宮殿の中の一室を使い、ピアノと声楽の演奏会だった。今日の区民館の演奏会と一緒で、おじいちゃんおばあちゃんから子供まで勢ぞろい。子ども達は走り回り、おじいちゃんはそれを座らせようと眉間にしわをよせていた。それでも、中には涙を拭きながら聞いている女性もいた。

西表島には「一周道路」というものはなく、「半周道路」しかない。当然島半分は車で行くことはできない。舟浮という集落も道路の届いていない地区で、行くには船を使うしかない。そこに「舟浮小中学校」というのがあり、友人と僕がその集落に着いた日の夜、学校でハリーポッターの上映会があるということを聞いた。夜8時頃夕飯を済ませ学校に向かうと、車がないので、目抜き通り(といっても幅5メートルくらいの砂利道だけど)を幅一杯に広がって後ろを全然気にしないで歩けるのがとても気持ちが良かった。学校に着くとハリーポッターは体育館で上映されていた。体育館に入ると、子ども達はみんな行儀良く体育座りをして、スクリーンに映し出されたハリーポッターに見入っていた。大人たちはうちわを扇ぎながらのんびりと眺めていた。

今日の区民館の演奏会も、ベオグラードの演奏会も、舟浮の映画会もみんな、そこの近所の人が、自分になじみにある場所で、なじみのある人たちと一緒に、のんびりと楽しんでいた。

幸せって実はとても小さなもので、それが本当の幸せなんだろうな、なんて思った。

今日の演奏会を企画して、準備してくれた区民館のみなさん、音楽家のみなさんに感謝です。